島で育ったこと
私は愛媛県上島町で生まれ育ちました。7つの有人島と18の無人島からなる、人口約6,000人の瀬戸内海の町です。夜は明かりがほとんどなく、島と島のあいだには暗い海が広がっています。
離島では、無いものを数えても始まりません。手元にあるもので何ができるかを考える。その癖が、いまの制作にもつながっています。
描いているもの
AI は、目の前の地形の勾配にしたがって、答えへまっすぐに下っていきます。ただ、その地形は使うたびに変わるので、たどり着く答えはいつも同じとは限りません。人間の考えは、回り道をして、ときどきよろめきます。私はその2つが1枚の紙の上で連鎖していく姿を、点だけで描いています。
最初の式は、自分で立てること。 AI との対話を重ねながらも、形の根っこにある考えは自分で決める。それが制作のルールです。
作品の外では
東京ヤクルトスワローズのファンで、上島町の海岸清掃プロジェクト「みんなのおそう島」の運営スタッフもしています。
2025年の秋、はじめて飛行機に乗り、はじめての海外としてシンガポールへ渡りました。このページの写真は、そのときに撮ったものです。

